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>TOP>情報コーナー「周産期看護マニュアル」top妊娠後期>妊娠高血圧症候群

book「周産期看護マニュアル よくわかるリスクサインと病態生理」
(中井章人著,東京医学社)より  (全体の目次はこちら)


I.異常・疾病からみたリスクサイン

 3.妊娠後期(29週から42週まで)のリスクサインと対応
   (一覧はこちら

note概要

    1. 「妊娠中毒症」の名称は妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension: PIH)に改められた。
    2. 妊娠高血圧症候群は妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧が見られる場合、または高血圧と蛋白尿を伴う場合のいずれかで、且つこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。
    3. 早期に発症するもの、重症例、子癇発作、あるいは肺水腫、脳出血、HELLP症候群を併発する場合、母体死亡にいたることもある。
    4. 収縮期血圧が140mmHg以上で160mmHg未満、拡張期血圧が90 mmHg以上で110 mmHg未満で軽症、収縮期血圧が160 mmHg、拡張期血圧が110 mmHg以上で重症と診断する。
    5. 安静、食事療法が基本だが、極端なカロリー制限や塩分制限は行なわない傾向にある。
    6. 胎盤循環不全による胎児発育遅延や胎児ジストレスの発症に注意する。
    7. 降圧剤治療に抵抗する場合や胎児が発育停止やジストレスを発症する場合は、妊娠を中断(ターミネーション)する。

noteリスクサイン

リスク1:体重増加.浮腫.
リスク2:高血圧.蛋白尿.悪心.持続する頭痛.
リスク3:右季肋部痛.心窩部痛.意識消失.痙攣発作.

noteリスクサインへの対応

 名称、定義の変更があったが、基本的な病態や管理には大きな変化はない。ただし、これまで妊娠中毒症の症状のひとつと考えられていた浮腫が定義から除外された。これは、これまでに得られた多くの研究成果から導かれた結論で、単独で出現する浮腫と児の発育、成熟あるいは胎盤循環状態に、関連性がないことが確認された結果である。
 しかし、急激な体重増加や全身性の浮腫は、その後の血圧増加につながる可能性が高く、十分に注意すべき徴候である。

  1. 日常生活サポート
    1. 浮腫、体重増加
      1. 過度の安静は必要ない。就労や日常生活は通常に継続できるが、睡眠時間(7時間以上)や行動状態を確認し、規則正しい生活をおくる。
      2. 妊娠中の高血圧に対する運動量法は確立していないが、妊婦水泳、アクアビクスなど水中運動は浸水効果により血管外(間質部)の水分を血管内に戻す作用があり、浮腫の改善に役立つ。したがって、水中運動を継続して行なっている妊婦では、運動を中断する理由はない。
      3. 栄養状態を確認し、カロリーや塩分の摂取が正常妊婦の基準値(塩分:10 g/日)に見合うように心がける。EBMに基づけば塩分制限による予防効果はない(本稿で述べる塩分量は必要栄養量から計算されたもので、いわゆる減塩ではない)。
      4. 高ビタミン(C、E)、高カルシウム食が勧められるが、小魚など食品や加工法によっては同時に塩分摂取量も増加するため、サプリメント(栄養補助食品)を用いても良い。

    2. 妊娠高血圧症候群軽症
      1. 妊娠中の体重管理や栄養指導による発症予防が大切になる(本文参照)。
      2. 妊娠高血圧症候群軽症と診断されれば、就労を一時中断し、安静をとるが、日常の家事まで制限する必要はない。日中にも1〜2時間程度、身体を横にし、休憩時間をとる。
      3. 非妊時の体型にあわせた栄養摂取を行なう(本文参照)。
      4. 胎動の自己チェックを行なう。
      5. 軽症であっても、突然、子癇発作やHELLP症候群を併発することがあり、悪心や持続する頭痛などを訴えれば、速やかに専門医を受診する。

  2. 看護ポイント
    1. 妊娠高血圧症候群では自覚症状が乏しく、病識のないことがある。母体合併症のみならず、子宮胎盤循環不全(本文参照)など児への影響も説明し、理解を促す。
    2. 体重測定、血圧測定、尿検査など日常看護で妊婦に接する際は、胎動、子宮収縮など胎児の様子を確認する。

note妊娠中毒症から妊娠高血圧症候群へ

 2005年4月より日本産科婦人科学会において、「妊娠中毒症」の名称は妊娠高血圧症候群(pregnancy induced hypertension: PIH)に改められた。従来、妊娠中毒症は血圧、蛋白尿、浮腫により規定され、各症候ごとに重症度が定められていた。しかし、近年の研究から血圧上昇がその主徴候と考えられるようになり、蛋白尿はあくまで付随症状と認識されるようになった。また、浮腫も随伴症状ではあるが、従来考えられていたような児の発育、成熟に対する臨床的な意義はなく、新分類では診断基準から除外されている。

note妊娠高血圧症候群の定義と分類

    1. 定義
      「妊娠20週以降、分娩後12週までに高血圧が見られる場合、または高血圧と蛋白尿を伴う場合のいずれかで、且つこれらの症候が偶発合併症によらないものをいう。」

    2. 病型分類
      1. 妊娠高血圧腎症(preeclampsia)
        妊娠20週以降初めて高血圧が発症し、且つ蛋白尿を伴うもので分娩後12週までに正常に復するもの。
      2. 妊娠高血圧(gestational hypertension)
         妊娠20週以降初めて高血圧が発症し、分娩後12週までに正常に復するもの。
      3. 加重型妊娠高血圧腎症(superimposed preeclampsia)
        1. 高血圧症が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に蛋白尿をともなうもの。
        2. 高血圧と蛋白尿が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に、何れか、または両症候が増悪するもの。
        3. 蛋白尿のみを呈する腎疾患が妊娠前あるいは妊娠20週までに存在し、妊娠20週以降に高血圧が発症するもの。
      4. 子癇(eclampsia)
         妊娠20週以降に初めて痙攣発作を起こし、てんかんや二次性痙攣が否定されるもの。発症時期により、妊娠子癇・分娩子癇・産褥子癇とする。

    3. 症候による亜分類
      1. 症候による病型分類(表1)
      2. 発症時期による病型分類
        妊娠32週未満に発症するものを早発型(early onset type)、妊娠32週以降に発症するものを遅発型(late onset type)とする。

表1 症候による病型分類

高血圧

蛋白尿

軽症

血圧がいずれかに該当する場合
(1)収縮期血圧が140mmHg以上で160mmHg未満
(2)拡張期血圧が90 mmHg以上で110 mmHg未満

原則として24時間尿を用いた定量法で判定し、300 g/日以上で2g/日未満の場合

重症

血圧がいずれかに該当する場合
(1)収縮期血圧が160 mmHg以上
(2)拡張期血圧が110 mmHg以上

2g/日以上の場合随時尿を用いる場合は複数回の新鮮尿検査で、連続して3+(300 mg/dl)以上の場合

※付記

  1. 妊娠蛋白尿(gestational proteinuria):妊娠20週以降に初めて蛋白尿が指摘され、分娩後12週までに消失するもの。病型分類には含めない。
  2. 高血圧症(chronic hypertension):加重型妊娠高血圧腎症を併発しやすく妊娠高血圧症候群と同様な管理が求められる。妊娠中に増悪しても病型分類には含めない。
  3. 肺水腫・脳出血・常位胎盤早期剥離およびHELLP症候群は必ずしも妊娠高血圧症候群に起因するものではないが、かなり深い因果関係がある重篤な疾患である。病型分類には含めない。
  4. 高血圧をh・H、蛋白尿をp・P(軽症は小文字、重症は大文字)、早発型をEO(early onset type)、遅発型をLO(late onset type)、加重型をS(superimposed type)および子癇をCと略記する。
    例:妊娠高血圧腎症は(Hp-EO)、(hP-LO)など、妊娠高血圧は(H-EO)、(h-LO)など、加重型妊娠高血圧腎症は(Hp-EOS)、(hP-LOS)など、子癇は(HP-EOC)、(H-LOC)など、加重型の子癇は(HP-EOSC)、(hP-LOSC)などと表記する。

note病態生理

 妊娠の成立に伴い母体では循環血液量が1.3〜1.5倍に増加する。この増加に対し、正常妊婦では腎臓、子宮、四肢末端などの血管が拡張(末梢血管抵抗が減少)し、血管内の容積が増加するため、血管壁の張力(血管内圧:血圧)の恒常性が保たれる。妊娠高血圧症候群はこの循環適合能が破綻する疾患である。すなわち増加した循環血液量に対し、血管容積が増加(末梢血管抵抗が減少)せず、血管壁の張力(血圧)が増加する。胎盤の完成とともに発症し、胎盤の除去(分娩)により改善することから、胎盤から何らかの物質が分泌され発症すると推察されているが解明されていない。

 正常妊娠では栄養膜(trophblast)の胎盤血管侵入が起こるが、妊娠高血圧症候群ではこの侵入が行なわれず、子宮動脈の拡張が不十分になる。その結果、胎盤への血流が十分確保できず、胎児は慢性的な低酸素状態になる。こうした血流不全は母体の活性酸素を増加させ、様々な血管の内皮細胞を障害し、さらなる血管拡張障害を引き起こす。

 妊娠中は性ステロイド(エストロゲン、ヒト絨毛ゴナドトロピンなど)の増加により血液の凝固能が亢進している。正常な血管内皮は血管拡張作用と血小板の凝集抑制作用を持ちこの凝固能亢進に対応するが、妊娠高血圧症候群では血管内皮障害により凝固能亢進状態に拍車がかかり、慢性DICの状態に陥って行く。さらに、血管内皮細胞から分泌されるエンドセリンは血管平滑筋の収縮作用を持つが、妊娠高血圧症候群ではこれが高値となる。こうした状態が相乗的に働き、血管攣縮による末梢血管抵抗の増加が出現することが、妊娠高血圧症候群の中心的病態と推察されている。

 したがって、母体では高血圧が主体となり、これらの変化が腎糸球体に及べば蛋白尿が出現する。早期に発症するもの、重症例、子癇発作、あるいは肺水腫、脳出血、HELLP症候群を併発する場合、母体死亡にいたることもある。また、同時に子宮胎盤循環不全も問題となる。前述の血管機能障害により子宮内胎児発育遅延や胎児ジストレスを引き起こし、子宮内胎児死亡にいたる場合もある。

note症状・診断

  1. 血圧
    坐位にて数分の安静の後、前腕を心臓の高さに保持して測定する。前述の基準値を上回る場合は、3分以上おいて2回以上測定し平均をとり診断する。

  2. 蛋白尿
    試験紙法でスクリーニングする(定性法)。陽性の場合は定量を行なう。試験紙法で(±)または定量で30 mg/dl以下は正常としてよい。

note管理

  1. 母体
    診断後、母体では表2に示す検査を経時的に行ない、重症化や合併症の発症に注意する。

  2. 胎児
    本症で注意しなければならないことに、子宮胎盤循環不全による子宮内胎児発育遅延や胎児ジストレスの発症である。表2に示す項目を経時的にフォローしなければならない。

表2 妊娠高血圧症候群における母児の検査

母体
  尿一般、沈渣:尿蛋白・糖を評価
  血算:血液濃縮に注意
  腎機能検査
    BUN、クレアチニン、尿酸、尿中NAG、クレアチニンクリアランス
  電解質
  肝機能検査:HELLP症候群に注意
  血液凝固系検査
  眼底検査
胎児
  胎児心拍数モニタリング
   超音波:発育評価と機能検査
   バイオフィジカルプロファイルスコアー
   胎児胎盤機能検査

note治療

  1. 安静
    心身のストレスを避け、臥位により胎盤循環血液量を増加させることを目的とする。

  2. 食事
    従来、摂取カロリー、塩分の制限が基本であったが、栄養学上必ずしも適切な対応ではなく、効果も不十分なため、最近では極端な低カロリーや減塩は行なわれない傾向になっている
    1. エネルギー摂取量
      非妊時BMI(ボディマスインデックス:体重kg÷身長m2)を基準に算出する。
        BMI<24:30 kcal×標準体重(kg)+200 kcal
        BMI≧24:30 kcal×標準体重(kg)
      また、妊娠高血圧症候群を予防するため、以下体重増加を目標に妊娠管理することが推奨される。
        やせ型妊婦(非妊時BMI 18以下):10〜12kg増
        標準型妊婦(BMI 18〜24):7〜10kg増
        肥満型妊婦(BMI 24以上):5〜7kg増
    2. 塩分
      正常妊婦:10 g/日。
      妊娠高血圧症候群:7〜8 g/日。
    3. 水分
      妊娠高血圧症候群では重症化に伴い循環血液量が減少するため、極端な制限はせず、口渇を感じない程度に摂取させる。
    4. 蛋白質
      1g×標準体重/日(予防には1.2〜1.4 g×標準体重/日)
    5. その他
      高ビタミン(C、E)、高カルシウム食が勧められる。

  3. 薬物
    1. 降圧剤
      一般に収縮期血圧が160mmHg、拡張器血圧が110mmHgを越える場合は薬物療法の適応であるが、急激な降圧は胎盤循環量を減少させるため避け、降圧する血圧の目標値は140〜150/90〜100mmHgとする。
      第一選択薬には比較的安全なαメチルドパ、塩酸ヒドララジンが用いられる。
    2. 鎮痙鎮静剤
      主に子癇発作に用いる。
    3. 抗凝固療法
      凝固能が亢進している場合に、低容量アスピリン療法、アンチトロンビン III 製剤、ヘパリン、蛋白分解酵素阻害剤など抗凝固療法を併用することもある(p 参照)。

  4. 妊娠の中断(ターミネーション)
    前述の治療が奏功せず、母体が重症化や合併症(子癇、HELLP症候群など)を併発する場合、胎児が発育停止やジストレスを発症する場合は、児を娩出させなければならない。この際、児の成熟度に配慮した娩出法を選択する。

note予後

 発症時期の早いもの、治療に抵抗するものは予後が悪く、合併症(子癇、HELLP症候群)を併発する場合も、時に母体死亡をきたすことがある。加重型は後遺症を残しやすい。また、胎児発育の遅延を伴う場合は児の予後が悪い。

note子癇

 前述の定義に示すように、妊娠20週以降に発症する痙攣発作をさす。脳血管の攣縮と脳浮腫の結果発症する。

 頭痛、悪心などの前駆症状に続き、チック期(意識消失、瞳孔散大、眼球上転)、強直性痙攣期(腕を曲げ、拳をにぎり、全身は弓なりに曲がる)、間代性痙攣期(口角に泡を吹き、舌をかみ、全身を振動し、チアノーゼ、呼吸停止を併発)、昏睡期(痙攣はやみ昏睡する)と経過する。

 頭部CT、MRIで脳硬塞に似た所見が確認されるが、一過性で症状の回復とともに消失する。脳内出血と鑑別するため施行する。

 治療は、光りや音などの刺激をさけ安静を保ち、抗痙攣剤に加え、降圧剤、利尿剤を併用する。また、分娩前であれば急速遂娩(帝王切開)によりターミネーションし、母児を救命する。

noteHELLP症候群

 HELLPとはHemolysis(溶血)、Elevated Liver enzyme(肝機能増加)、Low platelets count(血小板減少)を伴う症候群である。原因は不明だが、妊娠高血圧症候群同様、母体の血管攣縮(上腸間膜動脈、肝動脈など)が病態に関連する。

 悪心に引き続く右季肋部痛、心窩部痛が初発症状で発見される。診断基準を満たせば、直ちに急速遂娩(帝王切開)によりターミネーションし、DIC治療などを併用する。

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