リスクサイン
リスク1:悪心.嘔吐.
リスク2:腹痛.排ガス・排便停止.蠕動不穏.鼓腸.
リスク3:広汎性腹膜炎.
病態生理
増大した子宮や胎盤から分泌される性ホルモンにより消化管は物理的、機能的に影響を受ける。そのため、妊娠中は正常であっても、悪心(吐き気、不快感)・嘔吐、便秘などの軽微な症状が出現し、消化器疾患を見落としてしまうことがある。
虫垂炎
妊娠中の虫垂炎は通常の位置より頭側に押し上げられている。穿孔がおこりやすく、広汎性腹膜炎を発症しやすい。とくに、妊娠後期の急性虫垂炎は予後が悪く、母体死亡率は5%に達する。死亡例の大部分は開腹手術の遅れによるものと推察されている。
- 診断
持続する腹痛と圧痛が出現する。右下腹部の反射性筋緊張(筋性防御:デファンス)を伴う圧痛が特徴的だが、圧痛点は妊娠の進行とともに上方、外側へ移動し診断を難しくする。また、妊娠中は反跳痛も出現しないことがある。通常、細菌感染のマーカーである白血球は増加するが正常妊娠でも12000/m3程度まで増加することがあり、診断を難しくしている。
- 治療
虫垂炎が疑われた場合、開腹手術が第一選択となる。
胆石症、胆嚢炎
プロゲステロンの影響で胆嚢の運動性が減弱するため、妊娠中期以降、胆石症の発生率は増加する。
- 診断
超音波により非侵襲的に診断できる。
- 治療
妊娠中に診断された場合、経過観察し疝痛発作に対する保存治療が原則となる。胆嚢炎や胆管炎などを併発し、保存治療(抗生物質、補液)に抵抗する場合のみ摘出手術を行なう。
急性膵炎
妊娠により頻度は増加しないが、胆石症に伴い発症することもある。
- 診断
血清アミラーゼとリパーゼの上昇により診断する。アミラーゼの値は病状の重症度とは一致しない。
- 治療
保存治療が原則になる。重症例では低酸素、アシドーシスにより胎児死亡を招くことがあり、妊娠を中断しなければならない場合もある。
腸閉塞(イレウス)
妊娠中は癒着性腸閉塞が多い。妊娠子宮の増大に伴う腸の牽引や圧迫、さらにはプロゲステロンによる腸の弛緩などが原因となる。
- 症状、診断
腹痛、悪心、嘔吐、排ガス・排便停止、蠕動不穏、鼓腸が出現する。妊娠末期では陣痛と鑑別しなければならない。腹部単純X線で小腸ガスやニボー像を確認し、診断する。
- 治療
輸液療法で電解質、pH、カロリー補給を行なう。程度によっては絶飲食とし、胃管、イレウス管を挿入する。こうした保存治療で改善がないか絞扼性腸閉塞が疑われる場合は緊急手術の適応になる。
胃癌
本邦で妊娠中に胃癌を合併する妊婦の頻度は10万人に7人以上で、欧米に比べ高率である。妊娠は胃癌を増悪させる可能性が高い。妊娠に伴う母体の免疫能低下、血流量増加が胃癌の発育や遠隔転位を促進し、エストロゲンやプロゲステロンのレセプターを持つ胃癌では、妊娠そのものが増殖を促進する可能性が指摘されている。
- 症状
無症状か嘔吐、上腹部痛、悪心が出現する。しかし、これらの症状は特異的なものではなく正常経過中にしばしば出現する。症状が長期に及ぶものや妊娠前から持続している場合は本症を疑い、積極的に検査を行なうべきである。
- 診断
内視鏡検査により確定診断がつく。この検査は妊娠中でも可能である。
- 治療
診断がつき次第、児の娩出をはかり、胃癌に対する治療に移行する。妊娠週数によっては人工中絶を行なうことになる。