リスクサイン
リスク1:尿蛋白(±)30 mg/dl以下.浮腫.
リスク2:高血圧。尿蛋白1〜2 g/日.血尿.発熱.
リスク3:尿蛋白2〜3.5g/日以上.クレアチニンクリアランス70ml/分以下.
リスクサインへの対応
以前、腎疾患合併妊娠は母児ともにリスクが高いものと考えられていた。しかし、周産期管理の進歩に伴い、近年では多くの症例で安全に妊娠期間を過ごすことができるようになった。
- 日常生活サポート
- 妊娠中は尿蛋白(±)30 mg/dl以下は正常と考えてよい。
- 妊娠前に十分な検査が行なわれていない場合は、妊娠と診断した後直ちに非侵襲性の検査(24時間クレアチニンクリアランスなど)を受ける。
- 妊娠中の日常生活に何ら制限を設ける必要はない。
- 運動により腎機能が増悪することはないが、健常妊婦が行なう妊婦スポーツへの参加はさけ、ウォーキングなど自己調節性が高く軽い運動に制限する。
- 栄養サポート
- 一般的には高エネルギー、低タンパク食が勧められるが、妊娠許可基準を満たす寛解期にある場合、塩分制限程度で経過をみる。
- ただし、妊娠高血圧症候群同様、過度の減塩は行なわない(7〜10 g/日程度まで)。
- 精神サポート
- ステロイド治療などが妊娠中も必要な場合、そのメリット(腎機能の維持により流早産率や新生児有病率が減少する)を十分説明し理解を得たい。
- 頻繁に用いられるプレドニンは胎盤通過性が低く、催奇形性はほとんどないと考えられている。
病態生理
妊娠により腎臓は解剖学的、機能的に変化する。妊娠により腎臓は腫大し、腎盂、尿管は拡張する。その原因として妊娠子宮による物理的圧迫に加え、プロゲステロンやヒト絨毛性ゴナドトロピンにより緊張性や蠕動運動が低下することがあげられる。とくにこの傾向は右尿管に著明に表れる(後述)。
また、循環血流量の増加により腎血漿流量は妊娠28週までに150〜180%に増加し、糸球体濾過量は妊娠10週までに150%に増加する。血清クレアチニン、尿素窒素(BUN)は減少し、腎機能は亢進するが、糖質、蛋白質は糸球体濾過量増加により尿中に排出されやすく、尿糖、尿蛋白が出現しやすくなる。これらの変化は産褥1ヶ月頃、非妊娠時の状態に回復する。また。腎盂、尿管の拡張により腎盂腎炎、膀胱炎が発症しやすくなる。
急性腎炎
小児期に多く、妊娠中に罹患することは少ない。原因のほとんどがA群β溶血連鎖球菌感染症によるもので、通常潜行感染後2〜3週間で発症する。
- 症状
突然の血尿、蛋白尿、高血圧、浮腫により発症する。
- 診断
血尿。
抗ストレプトリジン(ASO)、抗ストレプトキナーゼ(ASK)など抗体上昇。
腎生検。
- 治療
安静、減塩食。
感染が持続する場合はペニシリン系抗生剤。
高血圧が著明な場合はαメチルドパ、ヒドララジンなどの降圧剤。
慢性腎炎
慢性に経過する糸球体疾患の総称で、妊娠により悪化する。妊娠前に腎機能障害や高血圧を認める場合、妊娠高血圧症候群、子宮内胎児発育遅延、子宮内胎児死亡、流早産などのリスクとなる。妊娠許可の基準は糸球体濾過率(GFR)70 ml/分以上で、50 ml/分以下では妊娠継続が難しい。
- 症状
蛋白尿、浮腫、高血圧、無症候性血尿。
- 診断
血尿、蛋白尿。
糸球体濾過率(GFR)80 ml/分以下。
腎生検。
- 管理
- クレアチニン値1.4 mg/dl未満:腎炎が増悪する危険が少ない。
- クレアチニン値1.4 mg/dl以上、尿蛋白2 g/日以上、高血圧(拡長期血圧95 mmHg以上)では流早産率50%、低出生体重児の出生率40%と高率になり、厳重な母児管理が必要になる。
ネフローゼ症候群
ネフローゼ症候群は大量の蛋白尿、低蛋白血症、高脂血症、浮腫を主訴とする症候群。原発性糸球体腎炎に基づく一次性ネフローゼ症候群と全身性エリテマトーデス、糖尿病などの全身性疾患に基づく二次性ネフローゼ症候群に分類される。
- 予後
- 治療により寛解状態にあるか尿蛋白1〜2 g/日程度、クレアチニンクリアランス70 ml/分以上であれば予後良好。
- 尿蛋白2〜3.5 g/日以上、クレアチニンクリアランス70 ml/分以下で予後不良。
腎盂腎炎
全妊娠の1〜2%に発生する。腎盂、尿管の拡張による膀胱尿管逆流現象が発症リスクとなり妊娠16〜28週に好発する。原因菌の90%以上がグラム陽性桿菌(大腸菌)。
- 症状
悪寒、戦慄を伴った突然の発熱。
罹患側の腰、背部痛。
食欲不振、悪心、嘔吐。
- 診断
背部の圧痛、殴打痛。
細菌尿(>105/ml)。
膿尿(白血球円柱、白血球塊、染色細胞)。
- 治療
- 安静臥床、水分補給、補液。
- 抗生剤投与
起因菌を確定し感受性の高い抗生剤を点滴投与するが、胎児への影響を考慮し、ペニシリン系、セフェム系が望ましい。
膀胱炎
妊娠16〜28週に好発する。妊娠に伴う膀胱容量の増大、残尿量の増加が誘因となり、pHの上昇、尿糖の増加が細菌増殖を助長する。
- 症状
頻尿、排尿痛、血尿。
- 診断
臨床症状。
細菌尿(>105/ml)。
膿尿(白血球円柱、白血球塊、染色細胞)、顕微鏡的血尿。
- 治療
- 安静臥床、水分補給、補液。
- 抗生剤投与(通常ペニシリン系、セフェム系を内服する)
卵巣静脈症候群
妊娠16〜28週に突然の右背部痛が出現する。卵巣静脈は子宮の増大により、しばしば怒張し尿管を圧迫する。右側の卵巣静脈は直接下大静脈に開口し、左側では左腎静脈に開口する。この違いにより右卵巣静脈は尿管と交差し、圧迫しやすくなる。その結果、交差部より上方の尿管、腎盂は強く拡張し疼痛を生じる。
超音波検査により腎盂の拡張が確認できるが、通常血尿などの症状に乏しい。有効な治療がなく、妊娠28週以降自然治癒する。