飲酒 喫煙 嗜好品 就労 性生活 旅行 運転 入浴
妊産婦とサプリメント
サプリメントとは日常の食事では足りない栄養素を補うための補助食品をさす。しかし、近年健康志向がブームとなり、市場には実に多種多様のサプリメントが氾濫している。
氾濫するサプリメントは主に以下の3種類に分類することができる。
- 栄養補助食品
国民栄養調査で必要な栄養素として所要量が定められたもので、比較的安全に用いることができる。
ビタミン、ミネラル、プロテイン、アミノ酸、炭水化物などがあげられる。
- 運動能力向上のためのサプリメント
栄養調査が十分行なわれておらず、栄養素として必要性が明らかになっていないもので、妊娠中にすすめるべきではない。
グルコサン、コエンザイムQ10、カルチニンなどがあげられる。
- 筋力増強のためのサプリメント
ステロイド類似物質などのいわゆる筋肉増強剤や興奮剤で、国内では一般に販売されていないが、インターネットなどを介し自由に購入できる。これらのサプリメントには健康障害を引き起こす可能性があり、妊娠中絶対に使用してはならない。
アンドロステンジオン、クレアチン、特殊プロテイン、エフェドラ、海外ダイエット食品などがあげられる。
本来、栄養は食品から摂取することが望ましい。しかし、妊娠中、とくにつわりや悪阻で経口摂取が不能な場合、こうしたサプリメントをうまく利用して頂きたい。基本的には必要な栄養素にかぎり、かつ一日あたりの所要量を守り使用する。過剰摂取分は通常吸収されないが、栄養素の種類によっては肝臓などに不要に貯蔵されることがあり、かえって問題を引き起こす。
栄養状態に不安を抱える場合、まず、各自の栄養調査を行ない、本当に補助食品が必要かどうかを検討し、製品を選ぶ場合は、情報(含有内容)の確かなものに限ることが肝要である。
日常生活サポート
妊産婦の生活は個々のおかれた環境により問題点も、その解決方法も様々である。妊娠中の生活指導で大切なことは、心と身体と時間に余裕が持てる豊かな生活を提案することである。
妊産婦に生活指導を行う場合、とかく禁止事項ばかりを説明しがちになる。しかし、妊娠中により豊かな生活をおくらせるためには、何をしてはいけないかではなく、何ができるかを明確にアドバイスするべきである。
飲酒
少量の飲酒は制限されていない。しかし、アルコールは容易に胎盤を通過し、過度の飲酒により胎児アルコール症候群(FAS)が発症する。胎児アルコール症候群は子宮内での高濃度エタノール暴露による、成長障害あるいは形成不全で、全身の器官には様々な異常が観察される。
発症に関するアルコールの危険量は45〜50 ml/dayで、ビール約1200 ml、清酒約320 ml、ウィスキー約125 mlに相当する。しかし、危険量を下回る量のアルコールであっても、連日の飲酒は胎児アルコール症候群を発症するとの報告もあり、習慣的な飲酒はさけるべきである。
アルコールは容易に母乳へ移行する。母乳中のアルコール濃度は血中濃度の90〜95%に達する。少量の飲酒では問題ないものの、多量の飲酒後の授乳により乳児の急性アルコール中毒が報告されている。
喫煙
妊娠中は必ず禁煙の指導を行う。喫煙が人体に及ぼす弊害は周知のことである。これは妊産婦においても同様で、特に胎児は有害因子に対する感受性が高く、胎内死亡、奇形、発育遅延、流早産、前期破水などの発生率が増加する。
また、妊娠中は受動喫煙にも注意しなければならない。健康増進法の導入により最近では、公共施設での受動喫煙による問題は減少したものの、家庭内での家族、夫の喫煙にも注意しなければならない。妊娠中は家族や夫に禁煙を指導し、少なくとも節煙、分煙は実施する。
嗜好品
コーヒー、紅茶、緑茶を習慣的に飲用する妊婦は多い。これらの嗜好品は様々な成分を含有しているが、妊産婦ではカフェインが問題となる。カフェインは胎盤通過性があり、大量摂取した場合、胎児の血行循環障害により自然流産、発育障害、胎内死亡を引き起こす。しかし、少量摂取であれば問題はなく、一日にコーヒー5杯がカフェイン多量摂取の目安となる。
就労
労働に関する明確な指針はないが、仮に肉体労働であっても、妊娠前から継続しておこなわれている場合は、労働量を60〜70%に減少させることで、妊娠中も継続でき、労働を中止したり、その種類を変更する必要はないと考えられている。
しかし、化学薬物、放射線などに関わる場合や、自然環境下(高温や直射日光)の激しい肉体労働などは避けなければならない。これは過度の労働により流早産、妊娠中毒症、子宮内胎児発育遅延の頻度が増加するためである。特に1日の勤務時間が8時間以上の場合や深夜労働などがリスク因子としてあげられている。これは子宮収縮が出現しやすい時間帯とも関連している。通常、子宮収縮の頻度は妊娠28週頃より増加するが、多くは夜間9時以降に出現する。
したがって、時間外労働や休日労働はさけるように指導し、何らかの異常が出現した際には、仕事を休み安静を保つようにするべきである。
性生活
妊娠中の性交渉の可否については様々な意見があり、医学的な結論は出されていない。
精液中にはプロスタグランジンが含まれ子宮収縮を引き起こす可能性があり、性交時にオルガスムスを得た場合にはオキシトシンが分泌され子宮収縮を引き起こすことがある。また、性交渉により細菌が上行性に感染すると絨毛膜羊膜炎が惹起され、前期破水などの原因となる。
妊娠中は感染症と精液による子宮収縮発生を防ぐため、性交渉前には清潔をたもち、コンドーム(男性用、女性用)を使用するよう習慣づける必要がある。また、妊娠初期は流産率が高く、性交渉が直接の原因にならなくとも、流産後の心因性セックスレスに関連する可能性があり性行為は控えるようアドバイスする。妊娠末期については賛否両論あるが、子宮口が軟化し開大傾向があれば、破水や感染のリスクが高く、初期同様性行為は控えるべきとされている。
妊娠中期から後期にかけては腹部を圧迫しないような工夫をする。男性上位よりも女性上位のほうが腹部の圧迫が少なく、前期破水の頻度が低い。しかし、性交時の強い刺激は子宮収縮を惹起するため、激しい行為は避けるよう指導する。
また、帯下の増加、掻痒感、出血、規則的な子宮収縮などが発生した際は、速やかに専門医への受診を勧める。
旅行
妊娠経過が順調であれば、妊娠末期を除き何ら制限する必要はない。しかし、移動手段や旅行先での行動には注意する必要がある。
- 移動手段の注意点
飛行機、自動車、汽車、船など様々な移動手段があるが、いずれを利用する場合も基本的な注意点は同じである。移動に際し、妊産婦が最も注意しなければならないことは静脈血栓症を予防することである。妊娠中は非妊時に比べ、血液性状が変化し血栓症を発生しやすくなっている。長時間、同じ姿勢を取り下肢を動かさずにいることにより、下肢の静脈環流が悪くなり静脈血栓が発生する。したがって、妊産婦ではいずれの交通手段を利用する場合においても、1〜2時間ごとに歩行するなど姿勢をかえリフレッシュする必要がある。
飛行機への妊産婦の搭乗に関し、各航空会社は独自のマニュアルを作成している。多くの会社は妊娠9ヶ月までの搭乗に制限はない。しかし、予定日近くの移動には診断書、本人の誓約書はじめ医師の同伴など様々な条件が設けられている。これは妊娠末期のリスクを考慮したもので、当然の配慮といえる。したがって、レクリエーションが目的の旅行は妊娠9ヶ月までとしなければならない。
通常飛行機は高度1万メートル以上を移動し、低気圧(0.2気圧)、低酸素、低温、低湿度環境に暴露されるが、その機内は0.7〜0.8気圧に与圧され酸素分圧も地上の70〜80%に保たれる。これは健常な妊産婦であれば胎児への酸素供給などに悪影響は及ぼさない。しかし、海外便など長時間に渡り飛行機を利用する場合は、前述の静脈血栓症の発症に注意しなければならない。飛行機利用における静脈血栓症はエコノミークラス症候群として知られ、しばしば重篤な病態を招く。したがって、ストッキングを着用し、座っている状態でもつま先立ちをくり返したり、下肢、大腿を時々動かすなど運動をこころがけ、水分を十分補給することが重要である。さらに、1〜2時間ごとにはトイレに行くなど歩行することが大切で、そのためにも通路側の席をとることが勧められる。
汽車を利用する場合も同様で、長時間座っていることは避ける。また、走行中はゆれによって、妊産婦は転倒しやすいので注意を要する。船旅では妊産婦は船酔いしやすく、また、個人の都合で下船することができないため、乗船前の体調管理は万全にしておくべきである。
自動車を利用する場合についても同様で、1日6時間以内の乗車とし、静脈血栓症予防に1〜2時間ごとに車を止め歩行することが大切である。妊産婦の運転については後述する。
- 旅行先の注意点
気象条件の厳しい地域や特別な予防摂取を受けなければならないような国への旅行はさけるべきである。また、2400メートル以上の高地に長時間妊産婦が滞在することで、子宮内胎児発育遅延、母体高血圧症、早産などの発生率が増加する。
旅行先としてしばしばあげられる場所に温泉がある。各温泉にはそれぞれ独自の効能、効果がありその泉質は様々である。しかし、これらが身体に及ぼす影響は、微細なもので医学的に証明されているものではない。したがって、家庭で行われている入浴と差がないと考えて良いことになる(入浴の項参照)。
運転
近年、周産期医療の進歩は目覚ましく、本邦の妊産婦死亡数は年間70-80名まで減少している。しかし、交通事故により死亡する妊産婦は推定で年間150-200名にのぼり、妊娠中の死亡原因の第一位となっている。また、妊娠中は身体的変化に加え精神面でも不安定になる。したがって、妊産婦に、自動車運転を積極的に勧めなければならない理由はない。
しかし、近年女性ドライバーは増加の一途をたどり、20歳代、30歳代女性の免許保有率は8割を越えている。こうした状況に伴い妊婦ドライバーも確実に増加している。したがって、妊娠中の運転に対する何らかのガイドラインが作製されるべきであるが、残念ながら、現時点で明確な指針はなく、わずかな研究が散見されるにとどまっている。
妊娠26〜37週の妊婦に運転中、胎児心拍数図を装着し検討した結果、妊娠経過に異常がない妊婦では、児心拍異常や子宮収縮が出現することなく運転することができ、その後の早産率も増加することがなく、周産期予後にも悪影響はないとされている。しかし、その一方で運転前より子宮収縮が認められるような状態では、運転により一過性に症状が増悪する可能性が指摘されている。
したがって、妊娠中やむを得ず運転を行う場合、日頃の妊娠経過に加え、その日の体調にも十分注意するべきであろう。また、安全面からシートベルトは必ず装着すべきで、3点式のものであれば子宮を圧迫しないよう、臍下部恥骨上と胸部にベルトを装着する。シートベルトをせず妊婦が車外に放り出された場合、母体死亡は6倍、胎児死亡は5倍に増加すると報告されている。
入浴
42℃以上の高温や長時間の入浴は、過度の交感神経刺激や脱水による弊害が生じるため避けなくてはならない。適温(40〜41℃)であっても約10分間の入浴で深部体温は1.0〜1.5℃上昇する。深部体温が38℃を超えると、胎児に悪影響を及ぼす可能性があり、入浴時間は10分以内とするべきである。
入浴は血清浸透圧や電解質を変化させずに、血圧下降、利尿が起こり血管外体液の減少を起こすことが知られ、著者らは妊娠中毒症に対する入浴効果を検討している。その結果、水温38〜39度の浴槽に10〜15分の入浴を1週間にわたり行うことで、血液粘稠度を低下させ、妊娠中毒症妊婦の循環動態改善に役立つ可能性が推察されている。